カリント日記

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2008年9月1日(月) 新学期始まる

いよいよ新学期が始まった。
私にとってはただの月曜日だが、子どもにとっては大きな節目だろう。

私は学校が嫌いだったので、毎週月曜日はまさしく「ブルーマンデー」だったし、9月1日などは一年でもっともいやな日だった。
幸い、小学校に通う次女も、高校に通う長女も、学校が好きなようで、新学期になっても元気な顔をしていた。
大学に通う長男も、キャンパスには顔を出しているようだが、講義をまじめに受けているかどうかは定かでない。
むしろ今は、アルバイトに傾注しているようだ。

それぞれに始まった新学期。

そういえば、近所に子どもが数名、引っ越してきた。
一人が今日、母親と一緒に私の家に挨拶をしに来たらしい。
私が小学校PTAの地区長なので、挨拶に行くように、と学校から言われたのであろう。

明日は久しぶりに、子どもたちと登校してみるか。

2008年9月2日(火) 不健康な夜

面白くない仕事が続く。
次から次へと、どうしてこうも問題が湧き上がるのか。

昨日、久しぶりにバーボンを買った。

今、そのバーボンの封を切り、グラスに注ぐ。

 トクトクトク

と真新しいボトルを下ろしたときにしか聞けない音を奏でながら、琥珀色の液体が氷の上に流れ始める。

 カラン

と氷が回る。

口に運んで飲み込む。
鼻腔をくすぐる芳香がたまらない。

 カラカラ

氷が踊るグラスを置く。

今日の仕事を忘れてため息をつきながら、日記を書く。

不健康な夜。

2008年9月3日(水) 仲のよい秘訣

仕事が終わって友人と酒を飲み、酔って帰ったが、嫁さんはいつものように笑顔で出迎えてくれた。

「どうやった?」
と私がどんな話をしてきたのかを聞く。

今日、酒を飲んだ相手に「二人が仲のよい夫婦でうらやましい」といわれた。

そのことを嫁さんに話す。
そして二人で「当たり前やんなあー」と笑う。

仲良くできるように、いつも話をする。
どんな一日だったか、どんな風に過ごしたか、面白かったこと、腹の立ったこと、二人で共有しあう。

よく、結婚式のスピーチで「結婚は二人の喜びを二倍にし、悲しみを半分にする」と言う言葉を耳にする。

実際それが実践できている夫婦はどれぐらいいるのだろうか。

我が家ではそれが間違いなく、毎日実践されている。
嫁さんの楽しい話を聞いて大いに笑い、私の愚痴を聞いて嫁さんも同じように腹を立ててくれる。

仲が良いから、話をする。
話をするから、仲が良い。

仲の良くない夫婦は、まず、話をして、そして、聞くことだ。

2008年9月4日(木) お金の流れ

ここ数日、コンピュータシステムの見積もり作業のお手伝いをしているが、合計金額をみると「何千万」「何億」と言う数字が出てきて驚く。
別に計算間違いでもなんでもなく、ハードウエアやソフトウエア、それに構築するための人件費などを積み上げるとそれぐらいの金額になるのだ。

それにしても、驚くのは「人件費」。
つまり「技術料」なのだが、これがやたらと高い。
と、いいつつ、私はその「技術料」をいただくことで生計を立てているわけだが。

「パソコンが壊れたからちょっと見て」と友人に言われて、見に行く。
もちろん、私もそれが仕事なので、お金をもらうときもあるが、そこは友人、ほとんどの場合、「ビール」や「食事」、後は「面白い話」や「愚痴」で終わることが多い。
でも、これが本当に仕事だとすると、1回当たり、最低でも数万円になる。
まあ、相手もコンピュータのシステムによって生計を立てている人たちなので、「パソコンが壊れた見て」などと「大雑把」な質問をしてくることはなく、第一、パソコン程度なら自分たちで直せる技術を持ち合わせている。

だからそんな人たちからの質問は、高度で難しいものが多く、ほとんど即答できない。
それだけに調査に時間もかかる。
かといって「また今度」などと悠長に相手することもできないので、例え夜遅くでも対応しなければならない。

そういう理由があって、技術料は割高になっている。

それでも、これだけの巨費を投じてコンピュータのシステムを導入するお客さんは、そこにメリットを感じているわけで、これを導入することによって、更に多くの利益を得るわけだ。

人件費削減のために導入したコンピュータ。
そのシステム構築にかかるのは人件費。
そして、そのシステムを使って利益が出る。

技術のある人へお金が流れる仕組みだ。

2008年9月5日(金) バザーの準備

今日は高校の文化祭で出店するPTAバザーの準備のため、午後から学校へ行った。

PTA会長と言っても、高校ではそれほど忙しいわけではなく、何をやるにしてもほとんどもめることもないので、気持ちが滅入ることはあまりないのだが、今日は違っていた。

バザーの準備については、いろんな立場の人がいろいろと発言をし、いろいろと揉めたからだ。
(ストレートに書きづらい・・・)

ちょっと足取り重く、それでも明るい表情を意識しながら、バザーの準備会場となっている教室に向かう。

教室からわいわいと声が聞こえてくる。
中に入ると、既に数十名のお母さんたちが集まって作業に取り掛かっていた。

学校に持ち込まれたバザーの商品を広げ、それぞれに値段をつけているところだった。
笑い声も聞こえてきたので、少し安心した。

仕事の関係で若干出遅れた私は、ほとんど何もすることなく、作業が完了した。
予定より3時間ほど早い終了だ。

とりあえず、皆さんに挨拶をして、明日以降の文化祭のお手伝いをお願いした。

正直、明日も気が重い。

2008年9月6日(土) バザー初日

前日までに何とか品物の陳列を終え、後援会の皆さんも配置につき、PTAの担当者からもOKの合図が出た。
午前十時、「お待たせしました!」そう言って、バザー会場の扉前においてあった、看板をどけて、扉を開けた。

30分ほど前から徐々にできた列は、数十人に及び、開場と同時にバザー会場となっている教室へ、いっせいに流れ込んできた。



陳列した品物は、あっという間に、それこそ飛ぶように売れていった。

価格が半端じゃなく、安いからだ。

「これみて!これ。8,000円の品物が、500円やて!!」
「あんたもこれ、買い!」

いかにも「オバサン」風の会話が飛び交い、その勢いに圧倒される。

両手一杯の品物を抱え、満足そうに開場を後にする人が続く。

金額設定が安すぎると言う声も聞かれたが、多くの人が満足してくれれば、それでもいいんじゃないかと思った。

2008年9月7日(日) バザー二日目

バザー二日目。
昨日のうちに目玉商品は出尽くしてしまったが、それでもまだまだ人の流れは絶えない。
今日も開場前から大勢の人が並んでいる。
後援会の人に聞いてはいたが、これほどまでにこのバザーを楽しみにしている人がいるかと思うと、いろいろな弊害があっても、やはりこのバザーをやる意義はあると感じた。

今回はバザー会場の隣に休憩場所を用意した。
昨年まで、「休憩の場で手芸を楽しんでいただこう」といろいろと作品作りの場を提供していたのだが、その場所を管理する手間もかかるし、毎年の企画も大変だったので、今年は思い切って、ただの休憩場所にした。

とはいえ。
まったく何もない休憩場所は、ただの「教室」なので、そこに椅子やテーブル、というか、机を並べても、味も素っ気もない。
なので、先日作成した、PTA活動報告の模造紙を飾り、体育館に設置されたWEBカメラの映像を、プロジェクターを使って放映することにした。
音はあまりよくないが、それでも何をやっているかはわかるし、体育館での催し物の「宣伝」としては十分効果があった。

休憩場所も思いのほか人が入り、ピークの時には椅子が足らないほどだった。
「ここすずしいわー」と荷物を持って訪れる女性たち。
「わ。ここで見れるやん!」とプロジェクターに食い入る生徒たち。
「この、素焼き、ええ形してるなあ」とご年配の男性。
休憩場所は文字通り、訪れる人に憩いを与えたように思う。

ただ、やはり手持ち無沙汰な感じは否めなかった。
来年は「型抜き」でもおいておこうか。

バザーも、昼前にはすっかり品物も寂しくなったが、それでもいろいろな人が会場を訪れてくれた。
後半は客層が変わり、若い世代が多く来場したが、女の子は、こんなものがほしいのか?、と思うような、アクセサリを気に入って買ってくれ。
「ご自由にお持ちください」のコーナーにあった、古ぼけたニットの帽子を、偉く気に入った少年は「本当にこれ、タダでいいんですか?」と、何度も私に聞いていた。

いろんな人が、いろんな楽しみ方をしてくれた。
昼前に片づけを終えた。

その直後、土砂降りの雨。



広い運動場に降り注ぐ雨を見つめながら、大きく深く、安堵の吐息をついた。

2008年9月8日(月) 転校生

新学期になって転校が相次いだ。
こういうときに、地区長としてどんな手続きをすればいいのか迷う。

まずは、挨拶をしに伺う。
そして、朝の集合場所を教える。

次に。

もう、何もない。

例えば、子ども会加入の案内だとか、仕組みだとか、そういうことを説明しなければならないのかもしれないが、応対したのが、いずれも本人や保護者ではなかったので、必要な話だけしかできなかった。

日を改めて、とも思ったが、こういったことはまとめて伝えても忘れてしまうだけで、随時に伝えていったほうがいいと考え、特に説明することはしないことに決めた。

何かとあわただしい時期なので、これでよしとする。

2008年9月9日(火) セミ

先日、職場近くの街路樹から懐かしい声が聞こえてきた。

  ミーンミーン

セミのなく声だ。

暑さも峠を過ぎた今、久しぶりにセミの声を聞くという意味でも確かに「懐かしい」のだが、この大阪の都会でミンミンゼミの鳴き声を聞くのは実に30年ぶりぐらいのことなのだ。

セミの声と言えば「ミーンミーン」と言うのが一般的だが、それは関東地方での話し。
実際、先日の東京出張のときでも、駅のホームから聞こえてくるセミの声と言えば、すべてミンミンゼミのものだった。
ところが、関西地方ではほとんど都会でその鳴き声を耳にすることはない。

関西地方で聞こえてくるのは「シャーシャー」というクマゼミの声で、「蝉時雨」のイメージがある。

そういえば、先週は学校の校庭でもミンミンゼミの声を聞いた。

最近の気候変動と何か関係があるのだろうか。

2008年9月10日(水) 架空の上司

今の仕事は、前の仕事、つまり会社員だったころの仕事の延長で、業務形態こそ違え、やっていることはさほど変わりない。
自宅で仕事をすることもあるが、客先の仕事場で仕事をすることも多い。
更にそこからエンドユーザのところへ出向いて、コンピュータの設定作業をしたり、会議に参加したりする。

エンドユーザ向けの会議などでは、エンドユーザから見れば私はどこかの会社の担当者であり、上司がいるはずだと思っている。
実際、仕事の便宜上、そのように見せている。
エンドユーザから見れば、私が「担当者」で、私の「上司」として「課長」や「部長」と呼ばれる人が存在するわけである。

昨日のこと、その「課長」に当たる人に話をした。

明日は午前中からエンドユーザ先での作業があり、経験したことのないテストを行うため、午前中のうちに終わるかどうかわからない、だから、午後からの「課長」と出席するはずの、別のユーザでの会議には出席できないかもしれない、と。
正直、作業に不安はあった。
いくつかあるプロセスの、ひとつずつを検証し、異常が見つかったらそこで対処し、次へ進むのだが、その対処方法に不安があるのだ。
つい先日、今回の問題に接して、この二日程度でマニュアルを読み漁り、何とか理解できたものの、実践での経験がないからである。
バックボーンを用意する必要があるので、万一のときの、問い合わせ先を確認した。
こういうときに「上司」は当てにできない。
いつも「○○(私)さん。お願いしますね。私、わからないので」の一言で片付けるからだ。
だから、ほとんどのユーザ先での作業は、私一人であり、自分のコネクションを使って問い合わせ先を確保している。

そんな「課長」に今回の作業で、打ち合わせに出席できないかもしれない、と話をしたとき、「課長」は情けない声で言った。
「私を一人にしないでくださいよ〜」

いつも、私には一人で作業させているのに、会議ぐらい、自分ひとりで片付けてほしい。

結局、今日の作業は午前中で片付け、午後からは、「課長」と一緒に会議に出席した。

無事に会議が終わり、ユーザ先を出る。
「課長」が、イヤー今日も疲れましたねーと、ため息をつく。
そして、「どうです?」と私に居酒屋のチラシを渡す。

「すみません。これから事務所に戻ってまだ仕事をしなければなりませんので。」
私はそう言い残し、「課長」を置いて、仕事に戻った。

2008年9月11日(木) 疲れた会議

市子連の会議。
先日開催されたキックベースはゲリラ雷雨により途中で中止になったそうだ。
なるほど、私が高校の文化祭を終えて、帰り支度をしていたころの、あの大雨か。

本来なら、文化祭の話に向けて、話が進む会議だが、その残り試合をどう開催するかと言う問題が残っていたので、まずはそれを片付けなければならなかった。

気のせいかみんなの表情が沈んでいる。

計画していたことがスムーズに進まないと、苦労が報われず、疲れが残るものだ。
もう一度同じことをしなければいけないかと思うと、考えただけで疲れるのも当然だ。

何とかめどを立てて、ようやく、文化祭の話へ。

今日の会議は少々疲れた。

2008年9月12日(金) 校区体育祭準備開始

昨夜の市子連の会議に続いて、今夜は班長会議。

今夜は決めなければならないことが盛りだくさんだ。
なので、今月は2回、班長会議を行うことにしている。

メインとなるのは、校区体育祭の準備だ。

自治会が中心となって動くべきなのだが、実際には、子ども会がほとんど運営しているようなものなので、班長さんたちには大いに動いてもらわなければならない。

まずは参加者募集の案内を作成し、それを配布してもらうことにした。
一週間後にはそれを回収し、今度は、参加者と競技の割り当てを考えなければならない。

本人の希望に添えるようにしたいが、人気の競技に人が集中し、やはり敬遠される競技が出てくることは十分に予想される。
そいうった調整をするのも、班長さんたちにお願いしないといけない。

それ以外にも、子どもの引率や、お弁当の手配、ユニフォームの管理、配布などなど、やることは盛りだくさんだ。

今月は班長さんたちとのメールのやり取りも多くなるだろう。

2008年9月13日(土) 嫁さんが代理

今日は久しぶりの実行委員会。
ところが仕事で出席できない。

地区長は毎月、小学校で開催される実行委員会に出席しなくてはならないのだが、さすがに仕事を差し置いて出席するわけにも行かない。
そこで、副地区長に出席をお願いした。
しかし、その時間帯は副地区長も都合がつかないらしい。

こうなると必然的に、嫁さんの出番となる。

普通の家庭なら家族で代わりを務めると言うことはほとんどないだろうが、我が家の場合、私の代わりを嫁さんが務めることはよくあることで、しかも違和感がない。
それは、周りのみんながそう思っているからだ。

案の定、嫁さんが会議室へ向かうと、後ろから声がかかる。
「今日はご主人の代わりですか?」
そういったのは校長先生だった。

一通り話を聞いてきて、十分すぎるほどの役割を果たしてくれた。
実は、来月の実行委員会も、仕事があって出席できないのだが、嫁さんにお願いしようと思う。

2008年9月14日(日) リハーサル成功

来月本番を迎えるシステムがあり、昨日と今日はそのシステム切り替えのリハーサルを実施した。

リハーサルとはいえ、本番さながらの人員と時間をかけて実施するもので、手順などの確認は何度も綿密に実施していた。

手順書を作成し、何度も確認して、赤ペンで訂正を繰り返した。

その甲斐あって、私の担当部分にはミスもなく、思いのほかスムーズに切り替えができた。

明日は予備日なので、本当なら暇ができるはずだが、仕事がたくさん残っている。

でも、今夜はゆっくり酒を飲んで、今日一日の成果を思い出すことにする。

2008年9月15日(月) 婚約記念日

今日は私と嫁さんの婚約記念日である。
婚約したのは81年のこと。

それが嘘ではない証拠に、プラチナの指輪にはその日付と私と嫁さんのイニシャルが掘り込まれている。
当時、3万円もしたプラチナの指輪は、「将来必ず、こいつと結婚して幸せになる」という、私の決意の表れだった。

自分でも不思議だが、なぜ16歳のときにそこまで決意できたのだろうか。
周りの大人は、「子どもの遊び」と思っていたと思う。
今、私の子どもが同じようなことをしたなら、「熱でもあるのか?」と、素直には信じないだろう。

しかし、お互いに将来は結婚するものだと信じていた。
結婚しないとしたならば、いつか別れると言うことだから、別れさえしなければ、結婚できるのだと、単純に考えていた。
「じゃあまた明日」と毎晩、嫁さんを自宅に送り届けて、そう言って別れる。
それがいつの日か「おやすみ」と言って、同じ屋根の下で挨拶するのだと、単純に思い込んでいた。
その単純さがよかったのかもしれない。

その単純な思い込みのまま、気がつけば27年。

「おやすみなさい」の言葉を残し、今日も、嫁さんは次女と一緒に寝室へ行き、私は酒を飲みながら、その言葉がもつ幸せを噛み締めている。

2008年9月16日(火) つるべ落とし

仕事の合間に窓の外を眺めてた。
その美しさと鮮やかさに惹かれ、「つるべ落とし」と言われる秋の夕日を撮影してみた。


これはなかなかいいのが撮れたと思う。

このアングルで眺める風景も好きで、よくこの場所から、町並みを眺めている。

帰り支度をして家路につく人、これから夕食の時間を迎える家庭。
そういえば、自宅では夕食していないなあ、としみじみ思いながら、仕事に戻った。

2008年9月17日(水) 使いきり

トイレットペーパー、シャンプー、インスタントコーヒーなどなど、最後まで使い切ることは良くあるが、目に見えて減っていく消耗品でありながら、ほとんど最後まで使いきらない物もある。
その際たるものがボールペンである。
昔は、ボールペンは高級文具であり、入学のお祝いにもらうことも少なくなかった。
しかし最近では、100円で3本どころか、10本も買えてしまう世の中だ。

高級な思い入れのあるボールペンならまだしも、1本あたり10円程度のボールペンがなくなったところで、念入りに探すこともなければ、たとえどこかに忘れてきても、取りに戻る電車賃のほうが数十倍も高くつく。

そんなボールペンだが、なぜかしら意地になって使っていた、赤いボールペンを、今日使い切った。
まさしく、インクのなくなる瞬間を見た。
「ドキュメント整理」と書いて、それを目立つように枠を囲うもうとしたときだった。

すーーっっ・・・。

まるで、ボールの部分が紙に食い込むような引っ掛かりを感じた。
さっきまで滑らかに紙の上を滑っていたのに。

グリップの部分のゴムがいかにも使い込んだ感じを醸し出している。

数年間にわたり使ってきたものだが、ただ、面白くない仕事をするときに使っていたもので、先ほどの「ドキュメント整理」だって新たに増えた私の仕事を書いたものだった。
だから、使い切ったとたん、すぐに捨てた。

前々から、使い切ったらすぐに捨てよう、そして新しいボールペンで仕事を記録しよう、と思っていたのだ。

ボールペンで何が変わるわけでもなかろうが、それでも使い切ったという自分の気持ちは、新しい方向へ向かっている。

2008年9月18日(木) 嫌いな声

こんなことを言うのは理不尽極まりないとは思うのだが、「お前のその声が嫌いだ」と思うことがある。

少し粘り気のあるような話し方で、以前一緒に仕事をしていた性格の悪いやつと声質が一緒なのだ。
もちろん、声が似ているだけで、性格が似ているわけではない。

ただその声と、少々、ねちねちとしつこく話す話し方が似ているだけだ。

同じところで仕事をすることはあるものの、性格はよく知らないし、話したこともない。
時折、後輩をねちねちとしつこく指導している声は聞こえてくる。

そういえば、机をトントンするやつも、そのすぐそばに座っている。

類は友を呼ぶのか。

2008年9月19日(金) 憂鬱な会議

苦手意識と言うものが出来上がると、なかなか払拭できない。

プロジェクトの中ではいろいろな人とかかわりを持つことになるが、この人は苦手だと思ってしまうと、その人からの意見は聞き入れがたく、その人のために何かしようという気にもならない。

それが個人ではなく、グループだったりすると非常に困る。
困るのだが、事実、そういうグループがある。

今日もそのグループと会議だったのだが、メンバー全員が敵に見える。

この憂鬱な会議はこれから毎週続く。

ああ、うんざり。

2008年9月20日(土) 文化祭の反省会

高校の役員会と実行委員会は大体二ヶ月に一度開催される。
高校も行事は多いのだが、やはり、高校生ともなると自分たちでイベントを企画運営できる能力があるので、保護者たちの出番は少ない。
だから委員会も子どもたちのための何かを決めるのではなく、自分たちの交流を深めることが目的のようなものだ。

今日は文化祭の反省会。
各委員ごとにグループになっていくつか反省点を出してもらい、それを全体で確認する。

今回は事前に後援会との分担を明確にしたので、かなりスムーズにことが運び、委員さんたちからも、「よかった」との声が聞かれた。

まあ、正直なところ、メインの担当をしていた3年生の保護者たちは、来年卒業になるため、いまさらいろんな意見を述べたところで、それが改善されようがされまいが、自分たちには関係のないことであって、雰囲気のいいまま、反省会が終わるのであれば、自分が悪役になってまで意見を言う必要も感じていないと言うところではないかと思う。

実際、意見を聞いても「それは会長が来年、改善していただければいいことであって」などと、まったく「他人事」と思っているとしか思えないような口ぶりだった。

大方の予想はついていたので驚きもしないし、ここで来年に向けての貴重な意見が聞けるとも思っていなかった私はの気分は、すでに、夕方からの懇親会へと向いていた。

後援会の人たちと一緒の懇親会だったが、やはり後援会の人と、委員会さんとの交わりは浅く、来年、この実行委員会を卒業する人たちの中に、後援会へ加入する人は、一人もいないだろうなと感じた。

2008年9月21日(日) ソーラーシステム契約

太陽光発電システムを取り付けようと以前から考えていたが、メリットがあまりないことがわかり、しばらく何もせずにいた。

しかし、先日、以前とは違う業者だが、やはり以前と同じように「この当たりがモデル地区なので、工事料金をサービスします」という触れ込みで訪問販売に来たのをきっかけに再度検討することにした。
そして今日、約束の時間に業者の営業担当者が来た。

近くの喫茶店で嫁さんと三人で話をする。
営業担当者は数日前に渡しておいた、電気代とガス代の領収書を元に、話をし始めた。

太陽光発電のシステムで発電できる電気量はしれているし、家庭で使用するすべての電気をそれでまかなえるわけではない。
電力会社が提供するサービスのオール電化のプランと併用することでメリットを出すのだ。

昼間は太陽電池で発電する。
その時間帯に、家庭内であまり電力を使わなければ、発電量が消費量を十分、上回る。
あまった電力は、備蓄しておくことはできないが、それを電力会社に「売る」ことができる。
逆に発電できない夜は、電気会社から電力を買う。
オール電化のサービスでは、夜の電力料金が昼間の半額以下になるのだ。
高い昼間の電気代は自分たちでまかなって、余った分を売り、安い夜の電気を買う。
ただ、このオール電化のサービスを受けるには電力会社指定の電気製品を購入する必要がある。
前回はそれが屋外設置型の給湯システムであり、設置場所が確保できないために断念した。
しかし、今回は、部屋の中に置く暖房器具を購入すればよい。
この暖房機は、蓄熱型で夜の安い電気代で蓄熱し、昼間はその熱を放熱するためほとんど電気代がかからないという。
まあ、この製品の効果はそれほど期待しないまでも、それを購入条件にすることで、オール電化の割引が適用されるなら、安いものだ。

それに、洗濯やアイロンがけを夜の時間帯にシフトすることによって、よりメリットを出せる。
発電状況や電力使用状況が一目でわかるモニターを取り付けるので、楽しく節電できる。
また、子どもたちが成長するにつれて、昼間の電力消費量も減っている。
事実、長男などは寝るために自宅に帰ってきているようなもので、夜中にならないと電気を消費しない。

価格は250万。
15年の分割払い。
決して安いものではないし、実際にコストが下がる保証もない。
それでも、悪いことではないし、「自分の家の電気は自分で作っているんだ」と子どもに言えることは、いいことだと思う。

2008年9月22日(月) 連休谷間の飲み会

連休の谷間である。
数年前なら、のんびり休んでいただろうが、最近は休むこともない。
今年もお盆の休みはなかったし、ゴールデンウィークはちっとも「ゴールデン」ではなかった。
そういえば、正月も休みじゃなかった。

そんな谷間の一日、朝からユーザ先のマシン室で作業。
これから本番を迎えるマシン環境の最終チェックだ。
いくつか問題点も見つかったが、改善方法のめどが立ち、早めに仕事を終える。

そして夜は、飲み会。
いつもの飲み友達に東京からのゲストを加えた三人。

酒を飲むのは楽しい。

仕事の話はほとんどせず、身近にあった馬鹿な出来事を話し合って、ゲラゲラ笑って酒を飲む。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、帰宅時間になる。

再開を約束して、電車に乗り、メールを送る。
「楽しかったです。またよろしく」
「こちらこそ、楽しかったです。次回を楽しみにしています」

そういって、「次回」のない飲み会は何度となくあったが、それでもこうやって「次回」を楽しみにできるような飲み会は、やっぱり楽しい。

2008年9月23日(火) バレーボール大会

今日は市内の小中学校PTAのバレーボール親善試合が開催された。
私が会長を務めていた小学校からも出場した。

以前は弱小チームだったが、みんなよく練習するので、昨年はブロック優勝もし、いつの間にやら、そこそこの強豪チームの仲間入りをしていた。

嫁さんもそのバレーボール部に所属しているし、そこのメンバーの半分は私と一緒にPTA役員を務めていたから、みんなよく知っている。

しかし、あいにく仕事があったので、応援に行くことができなかった。
そこでメールで応援メッセージをみんなに送った。
こんなときもメールは便利だと思う。
一人ひとりに電話するのは照れくさいし、何だが大げさだ。
気軽に手軽に応援できるところがいい。

試合が終わってメールが返ってきた。
得失点差で優勝は逃したものの、全部の試合に勝ったようだ。

これなら来年も優勝を狙えそうだ。

2008年9月24日(水) 初めて来た人に愛情を

先日行われた、高校の懇親会の後、後援会の人たちと、小さな居酒屋の小さなカウンター席で飲んだ。

後援会の会長と役員さんは、ともに学校立ち上げ時のPTA役員。
数年間にわたり、学校の礎を作ってきた功労者だ。
自分たちが一線を退いた後も、後任の人たちとともに、学校を支え続けている。

誰よりも体を動かし、誰よりも心を強く持っている、本当に学校を愛している人たちだ。

その会長が私に助言した。

「PTA活動などで初めて学校に来た人は、不安を抱いている。何かを手伝おうと思って学校に来たけれど、何をしていいのかわからない。初めてきてくれた人にこそ、愛情をもって接しなければいけない。そして、活動が終わったときには、『あなたが来てくれたおかげで』という感謝を表さなければいけない」

会長のすべてに賛同できるわけではないものの、それだけの実績を残してきたことは間違いなく、それがこの考えの下に成り立ってきたのだとしたら、学ぶべきものは多い。

これからはこの言葉を忘れずに、PTA活同に励もうと思った。

2008年9月25日(木) 募集人員は

まもなく、校区体育祭が開催される。
校区体育祭は、本来、自治会が中心となって進めていくものだが、一番重要な出場選手募集などは、正直、子ども会が中心にならなければ、進まない。

自治会のメンバーが集めるとどうしても、高齢者が中心となり、もはや、綱引きやリレーなどに出場できるような状況ではなく、小学生の保護者を中心としたメンバーを集めなければならないからだ。

しかし、あまり子ども会がでしゃばると、古い自治会のメンバーの中には「この運動会は子ども会のものか?」と、意見するやからも出てくる。
だから出場選手集めは自治会が行い、その後、どうしても集まらなければ子ども会が集めると言うことにした。

となると、子ども会での選手募集は、あまり早い段階では、公にできない。
もちろん水面下での募集はあって、すでに何人か目をつけてはいた。

つい先日、自治会から「これだけ選手が集まった」と報告があった。

全種目を合計すると、延べ人数にして、200名以上を集めなければならない。
自治会が集めた選手は、5名。
しかも出場種目は「民謡踊り」。

ムカデ競争、綱引き、大縄跳び、リレーそんな種目が山ほどある、体育祭として名前のつく催し物の、その選手募集で、集まったのが「民謡踊り」の5名のみ。

予想をはるかに下回る、自治会の募集力。

もはや選手募集を子ども会が水面下で行っている場合ではない。
急速浮上だ。

2008年9月26日(金) できないときはしない

たっぷりと仕事がある。
今日頑張れば、片付くかもしれない。

でも、今日は班長会議。
しかし、それどころではないぐらいの仕事だ。
片付けなくては。

そう思っていたところに、新しい仕事が舞い込んでくる。
もう、圧倒的な仕事量で、今日徹夜しても片付きそうにない。

そういう時は、気持ちを切り替える。
できないものはできない。

仕事は後回しにして、とりあえず、班長会議だ。
そう思って、夕方の明るい時間に帰宅した。

明日また、仕事をしよう。
できるところまで頑張ろう。

できないときはしない。
できるときに頑張る。

2008年9月27日(土) 選手の選定

頑張ればできるものだ。
とりあえず、昨日の仕事は片付けた。
残りの仕事はまた明日。
そして、月曜日もちょっと頑張る。

おかげで昨日の班長会議には出席できたし、決めなければいけないことも決めた。
校区体育祭の出場メンバー選定と言う大仕事だ。

水面下で活動していたが、メンバー募集の解禁となってからは、プリントを配布して、一気にメンバー募集を行った。
何もいわずに、募集をしただけで、延べ人数にして150名以上が集まった。
後は、その中から、他の種目にも出てもらうように調整するだけだ。
その選定作業が大変なのだ。

嫁さんや歴代の地区長も手伝ってくれた。
「この競技に出る人はどうしよう」と悩む私に、嫁さんたちは即答だ。
「○○さんのお父さん」

「え?だって、出場するとは書いてないけど」
「イヤ、とも書いてないやろ。○○さんのお父さんは毎年、やってくれてる」

そんなやり取りが大半で、面白いほど、スイスイ決まった。

私の仕事も、嫁さんに手伝ってもらえば、面白いほどスイスイ倍速で片付くかもしれない。

2008年9月28日(日) いつでも楽しく

今日は次女の小学校で運動会。
ゆっくり観戦したいところだが、今年は地区長なので、午前中は自転車整理の当番に当たっている。

とはいえ、自分の子どもが出場するときは、当番を抜け出して見に行ってもいいことになっている。

ところが、あまりに自転車が多すぎて、その対応に追われ、次女の徒競走を見損なってしまった。
嫁さんが何度となく、携帯電話に連絡をくれていたことにも気付かず。

午後からの競技は、腰を落ち着けて見ることに。

3年生の競技はバドミントンのラケットにボールを載せて運ぶリレー。



二、三度落としてはいたが、それでもバランスよく運んでいた。

何より楽しそうだ。

そういえば、先日、次女がこんなことを言っていた。

「○○(次女の友達)ちゃんなぁ、運動会嫌いやねんて」
「なんで?」
「走るのが遅くて、ビリになるからやって」
「そうかあ。走るの苦手なんやなあ」
「そんなん、別にかまへんやんなあ。ビリになっても。楽しんだらええやん」

とても大人びた意見に驚いた。
しかし、これは大人のような「建前」ではなく、次女の本心だ。

次女も足は遅い。
走る格好も余計な動きがあってスマートじゃない。
それでも、いつも楽しそうだ。

どんなときでも楽しそうに過ごすのは、長男や長女にはなかった、次女の長所だ。

これからもいろんな場面で、どんな笑顔を見せてくれるのか、楽しみだ。

2008年9月29日(月) 変わる季節

今朝は寒かった。
先週当たりから、朝方は涼しくなるので、掛け布団を出していたのだが、それでもほとんどはだけて寝ていることが多かった。
しかし、今朝はしっかり布団をかぶって寝ていた。

そういえば、昨日の朝、起きてきた次女が、「寒い」と言って私の布団にもぐりこんできたが、そのときよりもなお、今朝は寒かった。
昨日の運動会の代休で、次女はまだ寝ていたが、もし、起きていたなら、「ファンヒーター付けてー」と言っていただろう。

昼ごろの天気予報で、今日は最低気温が15度を下回り、11月上旬並みの寒さだったと知った。
11月といえば、毎年「12月になるまでは暖房器具は使用しない」という決意との葛藤を繰り返す日々である。

つい先日までの暑さからのこの落差は一気に冬が到来したようだった。

暑いよりはいいが、もう少し、秋を楽しみたい。

2008年9月30日(火) 9月も終わり

長月は短かった。
つい先日、花火大会をしたような気がする。
思えばそれから高校の文化祭もあったし、実行委員会や役員会、小学校の運動会もあった。
でも、とにかく慌しかった。
いつの間にか連休は過ぎ去り、曜日の感覚はなくなり、日付が変わってからの帰宅が続いた。

かといって10月から何が変わるわけでもない。

現に、昨日も今日も、校区体育祭の出場メンバー決定のための作業を嫁さんと手分けしてやっている最中だ。

校区体育祭が終われば、次は文化祭。

二ヶ月に一度のイベントがあれば、その前月は準備の月。
なるほど、慌しいわけだ。

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