カリント日記

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2010年3月2日(火) 誠意

友人同士がもめているのを見るのはつらいものだ。

どちらにも言い分があり、それぞれの言い分もわかる。
客観的に見ればどちらか一方が悪いということもあるかもしれないが、双方を友人だと思っている私や嫁さんは、白黒をつけるのは難しい。

双方ともにここまでもめる前に話し合う準備はあったし、そういう気持ちもあった。
ところが一方が話し合おうというと、もう一方がなぜだか踏み出せないままでいた。

言い出したほうはそれが余計に腹立たしく感じる。
言われたほうは余計に話がしにくくなる。
まさしく悪循環だ。

こうして最悪の雰囲気の中、ようやく話し合いにこぎつけたのだが、このままではけんかになるかもしれないということで、嫁さんも同席。

「居心地が悪かった」と嘆く嫁さん。

誰も相手の不幸を願ってはいない。
誰も相手に迷惑をかけることを喜んではいない。
誰も相手とけんかをしたいわけではない。

そこに誠意があるかどうかで結果は変わる。

反省することはできるが、それをどう行動に移していくか。
それが誠意というものだ。

2010年3月3日(水) 夕方の風景

仕事も区切りが良いので18時には帰宅。

電車お降りると「よっ」と声をかけられ、振り向くと校区子ども会の会長がいる。

「こんばんは」
と挨拶をする。

駅から自宅へ向かうと自宅の前で嫁さんと友達が話をしている。

「こんばんは」
と挨拶をする。

友達が私に話しかけるので、私も立ち話に付き合う。

しばらくするとお隣の奥さんが、愛犬のお散歩から帰ってくる。

「こんばんは」
と挨拶をする。

今度は、お隣のお隣のご主人が自転車で仕事から帰ってくる。

「こんばんは」
と挨拶をする。

そして、お隣のお隣のお隣の着物屋の奥さんが自宅に戻るために通り過ぎる。

「こんばんは」
と挨拶をする。

さらに、いつもはラフな格好をしている郵便局勤めの知り合いが、会合があるから、とスーツを着て通り過ぎる。

「こんばんは」
と挨拶をする。

やがて、立ち話を終えて友人が帰る。

「じゃあね」

夕方の家の周りはあわただしい。

2010年3月6日(土) 広報コンテスト

今日は昼から府立高校の第4ブロック連絡会に出席した。

第4ブロックというは旧制度によって区分けされた北河内方面のことで、そこにある20程度の府立高校が今でも第4ブロックの高校と呼ばれている。
有名進学校が今年の幹事高校となり、伝統ある学び舎の中で会議は行われた。

趣のある会議室へ案内されると会長さんがいた。
ここの会長は、私と市は異なるが同じ市子連の役員で、先日開催された同じく子ども会の北河内ブロックの駅伝大会でもお目にかかった。

さらに別の女性が私の顔を見て「○○(私)さんですよね?」と話しかけてきた。
以前、小学校の会長をやってきたときに何度かお目にかかった、中学校の役員さんだった。

「高校でも会長さんなんですね」
「お互いに大変ですね」
と軽く挨拶をする。

こういう会議は形式的なものになりがちだが、なかなか工夫が凝らしてあった。

まずは、形式的な、しかしやらなければいけない、収支報告と活動報告。
しかしその後は別室に置かれた各学校の広報のコンテスト。

よく同じ席に座ったまま資料で配布されることが多いが、実は会議が退屈なのは、同じ場所にいるからで、少し席を立つだけでも気分転換になる。
まして、広報誌のコンテストともなれば、なかなか興味がわく。

私も広報誌を見て回ったが、各学校ともそれぞれに工夫がされておりできばえはよかった。
そんな中で私の高校はコンテストで銀賞の表彰をいただくことができた。

特に変わった工夫が凝らしてあったわけでもないが、文章と写真の配置など非常に読みやすいと感じた。

今度の私の高校の実行委員会では表彰式をする予定だ。

2010年3月7日(日) カラーセミナー

本日は市子連主催のカラーセミナーに参加した。

「カラーセミナー」といわれてもピンとこないし市子連主催ともなれば、また何か長々と話しを聞かされるというイメージがあるのか、参加者が少ない。
担当者から「もっと人を集めてほしい」と依頼され、嫁さんに頼んで友達を集めてもらった。

雨の中、集まってくれた友人と嫁さんを車に乗せて会場となっている活動センターへ向かった。

会場にはすでに何人かの人が集まっており、パイプ椅子が数列、並べられている。
ざっと見たところ30人程度だろうか。

講師の女性はおしゃれ上手といった感じで、人それぞれに似合う色がある、という話に、「なるほどこの人の似合う色が、今日の服の色なのだな、道理でおしゃれに見えるはずだ」と妙に納得した。
アシスタントの女性もそれぞれにおしゃれな感じがした。

前半30分程度は、色の持つ力などを説明し、そして参加者全員に似合う色を探すことになった。
3組に別れ、一人ずつ順番に鏡の前に座り、まるで散髪でもするかのような白い布を首から胸に巻かれた。

そして講師の女性が、色とりどりの布を手に持った。

といっても同じように緑の色なのだが、それぞれ微妙に違う。
明るい緑や落ち着いた緑など4色ある。
それを重ねて、一枚だけを表面に見せて、座っているお母さんの首の下にあてがう。

鏡にはお母さんの顔と、その色の布だけが映し出されている。
それを周りのみんなで見ている。

そして講師の女性がすばやく、一番上の布を一枚だけめくる。
すると、その下に現れたのは同じような緑の色の布なのに、鏡に移った女性の顔が、パッと映えた。

「おお!」
思わず声が上がる。

人によって見え方は異なるのだそうで、次々にお母さんが代わって講師の人が布を当てていくが、確かに、映える色とそうでない色には個人差があった。

私などは無精ひげがあったおかげで「いいですか、こうすると、ひげの濃さまで変わります」などと、布をあてがって実験された。

講師の思惑通り、ものの見事、布の色によってひげの濃さが換わって見えると、周りの女性は大爆笑。

講師の判断によると私は青味がかったグレーが似合うのだそうで、俳優で言うと、田村正和さんと同じタイプらしい。

その一言でまた、お母さん方が笑う。

なかなか楽しいセミナーで来年はもっとたくさんの人が集まるに違いないと思った。

2010年3月9日(火) 21年前

昨年は節目だったのに、何もしていなかったし、日記でも触れていなかった。

21年前の今日、婚姻届を提出し、私と嫁さんは夫婦となった。

結婚式は2ヵ月後に決まっていたのだが、急遽、自宅を購入することとなり、手続きの関係上、早めに婚姻届を出したのである。

というのも、その年の4月から「消費税」が発生するため、それよりも前に、購入手続きを完了する必要があったのだ。
そしてそれを逆算すると、入籍の期限がこの日だったのである。

私と嫁さんは同じ市内のすぐ近所に住んでおり、その日は二人で市役所に行った。

窓口で手続きをしようとした私に、思いもよらぬ回答が返ってきた。

「戸籍謄本が必要ですが、あなたの戸籍はここではありません。和歌山県です。」

郵送で取り寄せてもらうには時間がない。
今日中に入手してすぐさま婚姻届を出す必要があるのだ。

もう時間は昼をとっくに過ぎている。

そこから二人で大慌てで、和歌山県まで戸籍謄本を取りに行くことになった。

真っ赤な軽自動車で高速道路をひた走り、一路和歌山県へ。

高速を降りてからは、いろんな人に道を教えてもらいながら進んだ。

ようやくの思いで市役所に飛び込んだのは4時55分。
危うく窓口が閉まりかけるところだった。

婚姻届を出すために戸籍謄本が必要なこと、大阪の市役所で本籍が違うといわれたこと、大阪から軽自動車で走ってきたこと、などなどいろいろ話をしていると、私たち以外ほかに利用者のいない小さな役場に、笑いが広がった。
その役場で戸籍謄本を入手して、そのままそこで婚姻届を提出した。
窓口の女性や周りの人も「おめでとう。お幸せにね」といってくれた。

帰り道、二人は小さな軽自動車のなかで、ずっと笑っていた。

2010年3月10日(水) 求む減感作療法

嫁さんの花粉症がひどい。

10年ほど前まではまったくその気配がなかったのに、いつのころからかひどくなり、最近は、私が帰宅したときなど、花粉を払い落とさずに家の中に入ると、それだけで反応する。

目のかゆみはひどく、鼻水も一向に止まらない。

薬を飲むと多少は落ち着くようだが、それでもかなり辛そうである。

花粉症の治療に「減感作療法」というものがある。

アレルギー物質を体内にわざと注入することにより、免疫を作って、発症を抑えようというものだ。

治療としては非常に効果的なもののようだが、数年間、毎週、病院で注射を受ける必要があり、とても根気の必要な治療法だという。

しかも、一般の病院などでは取り扱っていないことも多いという。

電車で通えないことはない病院を見つけたが、毎週となるとさぞかし、大変だと思う。

近くの心知れた病院でやってくれればいいのだが。

2010年3月11日(木) 回答の投稿

一人が質問を投稿するといろんな人が回答をこうしてくれるサイトがたくさんある。
コンピュータの技術的な質問から恋愛相談まで、その内容は様々だ。
今までは閲覧するだけだったが、あるサイトを見ているうちに、何気なく回答を投稿しようと思った。

最初にIDを作成して登録する必要があり、以前からいろいろなサイトで使っているIDがあったのでそれを使うことにした。
法律に関する質問、中学生男子の恋愛相談、高校生の進路の相談、学校の先生の悩み事、コンピュータの不調、などなどお酒を飲みながら手当たり次第に回答を投稿した。
もちろんまじめな質問にはまじめに答え、笑いを求めている質問にはそのように答える。

そうすると私の回答に対して質問者からお礼のコメントがついたりする。
悩んでいた人から「ありがとうございました」と返事が来るとうれしいものだ。

しばらくは夜に酒を飲みながらの日課となりそうだ。

2010年3月13日(土) 桜の季節

昼から高校の会議があってそのあとはPTA役員のお疲れ様会があった。
一年間一緒に活動してきた役員さんとの最後の飲み会。
先生も役員メンバーに入っているので一緒に飲む。

この学校でお世話になってから、何度も飲み会をしているので、先生だからといって別に気も使わない。
というか、会長という立場上、何か時を使われるのは私のほうなので、できる限り、お酒の席では砕けて話をするようにしている。

役員の一人が突然都合が悪くなり、参加できなくなってしまったので、気を使ってくれたのか、会長の奥さんを代理で呼びましょう、ということになり、急遽嫁さんを呼びつけた。
嫁さんも、昼から学校での会議に参加しており、また、何かと役員のお手伝いをしたりするので、役員や先生もよく知っている。

先生と飲むからといって、学校やPTAの話などはしない。

最近聞いた面白い出来事などを話す。
学校は先生にとっての職場であり、学校の話をしながら酒を飲むというのは、我々が仕事の話をしながら飲むのと同じで、面白くないだろうと思うからだ。

で、年収の話を聞いてみた。

「何かのサイトで、年収ランキングがあったんですけど、1位が開業医、2位が弁護士、とある中で、7位が高校の先生だったんですけど、結構な年収だと。これって妥当なんですか?」
酔っていたとはいえ、答えにくい質問を投げたものだと、自分でも思う。

「いやいやいや。そんなことはおまへん」
酔っ払うと陽気になる先生が答える。

「そうですねー。私立の学校の先生なんかは、そうかもしれませんねえ」
いつもまじめな先生が答える。

それぞれの個性があって、こんな先生たちとお酒を飲むのも楽しい。

でも、人事異動の4月。
また来年も同じメンバーで飲めるとは限らない。
出会いに別れはつき物だが、やはり寂しい。
桜の季節は特にそうである。

「今年の桜は早そうですよ」
その言葉が妙に寂しく聞こえた。

2010年3月14日(日) 幸せを感じる

「お母さんは?」
そう尋ねるのは長女。

「ちょっとポイントカード借りたいねん」
4駅ほど向こうにあるデパートのカードらしい。

夕方の日も暮れかかったこの時間から買い物?
そう思ったけれど、そういえば、朝からホワイトデーのお返しだとか言って、次女と一緒に台所を占領し、何かを作っていたようだ。
その材料が不足したのだろう。

「もうすぐ帰ってくるやろ」
私は仕事をするためにパソコンに向かいながら、そう答えた。

しばらくして嫁さんが帰ってくると、長女は早速カードを借りて出かけてしまった。

嫁さんも台所を見て「ありゃまー。晩御飯の支度ができそうにもないわ」と嘆く。

やがて長女が買い物から帰ってきた。

「ふん」とぶっきらぼうな態度で嫁さんに白いビニール袋を突き出した。

嫁さんが「なにこれ?」といって中を覗き込むと、長女が言った。

「おとうさんに」

ビニール袋の中を見た嫁さんが、笑う。
「あははは。これ、おとうさんに?」
「うん」
「これ、買いに行ってたん?」
「うん」

「なになになにー」と台所から次女が飛び出してくる。
「どうしたんどうしたん。何買ってきたん?」

「これ」と嫁さんがビニール袋の中を次女に見せる。
そして私のほうを振り返って言った。

「うなぎ」

嫁さんが続ける。
「○○(長女)、これを買うためだけに、わざわざデパートまで買いにいったんやて。そこのスーパーでも売ってるのに。お父さんのためにやて」

そうか。そうだった。
今日は私の誕生日だった。
いや、もちろん、覚えてはいたが、誕生日プレゼントのことなど考えてもいなかった。

しばらくすると、長男が帰ってきた。

「はい。これ。とりあえず、プレゼント」

そういって買ってきてくれたのは、ビール。

「どれがええかわからんから」といくつか種類を買ってきたので、嫁さんが言った。

「お父さん、普段飲むのは一番絞りで、サッカーの試合があるときはラガー」

次女も話しに加わりたかったのか、「プレゼント」といって私に何かを持ってきた。

ティシュペーパーの箱に「おとうさんへ」と書いてある。

それを受け取ると面白そうに「うふふふふ」と笑っていた。

物じゃなくてその気持ちがうれしい。
私は幸せだと思った。

みんなありがとう。

2010年3月15日(月) うなぎ茶漬けの後に

長男が「これ、誕生日プレゼント」といって私にくれたのは白い箱。
中をあけてみると有名なウィスキーが。

店頭で見かけることは少なく、また、見かけたからといっておいそれと購入できる価格ではない。

近所のスーパーでは手に入らないので、百貨店まで買いに行ってくれたようだ。

それにたとえプレゼントとはいえ、子どもはお酒を購入することはできない。
成人を迎えた長男ならではのプレゼントだ。

うなぎ茶漬けにしようと思って残しておいた長女のプレゼントのうなぎを、きれいさっぱり食いつくし、そのウィスキーを飲む。

一口含むと喉を滑るようにして胃まで落ち、体の中心から湧き上がるように香りがたつ。
おいしいお酒は、呑んだ後の空気までおいしい香りになる。

深いため息をつきながら、幸せに浸った。

2010年3月19日(金) 宮崎行きの列車

ここ数日間、延岡に出張に行っていた。

東京への出張に離れているが、宮崎は久しぶりのこと。

以前、飛行機で行ったときに、ひどい頭痛に苛(さいな)まれたことがあり、今回は列車での移動を決めていた。

新幹線で小倉まで移動し、そこからこの「ソニック」に乗り換える。



この列車の足元はとても広く、普通に足を組んでも、前の座席にぶつかることがない。
というか、前の座席に足をぶつけようと思うと、極端に姿勢を倒して足を前に突き出す必要がある。



別府まで行くと、次は「にちりん」に乗り換える。



見てのとおり、真っ赤な列車で、車体には「RED EXPRESS」と書かれている。

この列車の乗車時間は2時間強だが、車内販売はない。
ちょうどお昼の時間にかかるため、「ソニック」に乗車している間に弁当を購入していた。

それがこれ。



玄界灘海鮮弁当。
なかなかうまい。
魚好きの私は大満足。

できればビールと一緒にいただきたかった。

2010年3月20日(土) 校区の新旧

毎年この月に開催される、校区の子ども会定例会議は、各単位子ども会の新旧役員が合同して出席するのが慣わし。

重要な引継ぎ事項があるわけでもないのだが、新年度になっていきなり新しい役員ばかりがそろうより、スムーズな流れになるからだ。

それでも、今まではどこかでお世話になった記憶のある人が、新しい役員になっていたので、和気藹々としたムードの中進んでいたのだが、今年は違った。

各単位の役員さんのいずれも、お見かけした記憶がないかたばかりだったのだ。

しかも、校区の子ども会の行事には出席されたことのなさそうな人ばかり。

少し不安があったが、まあ、退いた旧役員がまったく手を引いてしまうこともないだろうし、何とかなるだろう、と気楽に考えている。

2010年3月21日(日) 単位の新旧

昨日に引き続き、今日は単位子ども会の班長さんの引継ぎ。

「子ども会の班長」とはいうものの、小学校の地区PTAの班長でもある。

だから、子ども会の行事はもちろん、学校から依頼された登校時の引率なども班長さんの仕事である。

それを取りまとめるのが、子ども会としては会長である私、地区PTAとしては地区長、の役割なのだ。

ところが今年の地区長さんは、今まではほとんどこういう役割で仕事をしたことがなく、まったくの初心者。
そればかりか、構成メンバの8名中、3名が経験者だが、私が地区長のときにそれぞれ1度だけ経験したメンバーであり、とても不安がっている。

子ども会の会長とはいえ、実際にプリントを配布したり、班長さんと打ち合わせをしたりして、行動するのは地区長さんの役目なので、地区長さんからの指示が足りないと、足並みがそろわない。

幸い、小学校は私がPTA会長を務めることになったので、学校行事については掌握できる。

なんとかなるだろうと思いつつも、今年もまた、嫁さんに頼ることが多い一年になりそうだ。

2010年3月22日(月) 仕事はしても休日

のんびり三連休とは思っていたが、やっぱりそうは行かない。
今日は夜明け前から、客先で立会いだ。

私にとっての「立会い」とは、システムが正常に動作するかどうかを見守ることを言う。
動いて当たり前なのだが、不測の事態に備えて、私が待機するのだ。
何もなければ何もないし、何かあったら、徹夜になることもある。

今日は前者。
何もなくて、すんなり作業は終わった。

帰宅したのは朝の7時過ぎ。

サンドイッチを食べながらコーヒーをすする。
静かな朝。
いつもならまだ眠っているような時間。

休日の早起きはとても気持ちがよく、一日が長く感じられる。

仕事はしたけれども、それでもゆっくりできた休日だった。

2010年3月23日(火) 次女の書き込み

我が家のトイレには扉のところにカレンダーがかけてある。
用を足しているとちょうど目の前にあり、自然と目が行く。

もともとは嫁さんが、スケジュールを書くために用意したものだ。
一日一回、誰もが利用する場所なので、誰もがそのスケジュールに目を通し、予定を立てられるわけだ。

嫁さんがこまめに予定を記入する。
長女の考査の日程、次女の日々の習い事、嫁さんの集合場所、私が出席する式の日時、そういったものが、色分けしてきれいに記入されている。
例えば、私なら青、嫁さんなら赤、次女はオレンジ、といった具合だ。
だから色を見るだけで、誰の予定なのかがわかる。

私が口頭で言っても家族がよく忘れることもある。
まあ、ほとんどの場合、忘れても差し支えのないことなので、それほど気にはしていないが、先日の出張はやはり、一家の主が数日とはいえ不在になるわけで、それぐらいはみんなに知っておいてもらう必要があった。

そこでカレンダーに「出張」と書いた。
が、酔っ払っていたときに書いたので、ただでさえ下手な文字が、よりいっそう下手になった。

けれどそのおかげで、なんだか、どんどんと書きやすくなった。

長女の友達が遊びにくる、という予定が書いてあったが、その当日、友達が帰った後に見てみると、「お邪魔しました!楽しかったです!」と書いてあった。
明らかに長女の友達が記入したものだ。

それを見て、何でも楽しんでしまう次女が反応した。

私と嫁さんが長時間外出していた休日のところに。
「ひまだなあー」

嫁さんが休校日の次女を連れて仕事へ行く予定の日に。
「○○(次女)も一緒に仕事に行く!」

だらだらと過ごした休日には。
「今日は一日パジャマでした」

と、思いついたことを書き込むようになった。

トイレに入って、次女の新しい書き込みを見つけると、思わず、顔が緩む。

さて次はどんな書き込みをしてくれるか。

2010年3月30日(火) 一週間まとめて

日記は翌朝書くことも多く、朝から忙しいと書けないことがある。

一週間ほど間が開いてしまったので、その間の出来事をダイジェストで。

24日、25日は仕事三昧。

26日は以前一緒の職場で働いていた後輩との久しぶりの飲み会。
以前からは想像もできないほど、お母さんになっており、話の中心はもちろん子育てのこと。

27日はお世話になった校長先生が定年退職されるのでその送別会。
発起人は元PTA会長さん。
参加者は女性が多く、主賓の校長が結構、ほったらかしにされていた感がある。
まあ、女性は女性同士のお話が好きだし、人数が多いとそうなるのも仕方ないだろうが、そういうところはやっぱり、「おばちゃん」だな、と思う。
結局、始終、校長先生は私とお話をしていただいたが、楽しんでいいただけただろうか。

昼間は高校の吹奏楽部の定期演奏会があった。
近所の市民ホールで開催しているとのことだったが、ほとんどの人が知らない様子。
私もたまたまHPで見かけたので知ることができたほど。
もっともっと宣伝したほうがいい、と広報担当の先生にお話をした。

28日は昼から市子連で仕事。
保険加入の手続きと、総会の資料作成。
資料を作成するに当たって委員が集まったものの、パソコンを操作できるのは渡し一人だけ。
「手伝ってあげたいけど、操作できるようになるだけで1年かかる」と。
たぶん、操作できるようになる気はないな。

29日から、ふと、晩御飯の量を少なくしてダイエットを心がける。
相変わらず晩酌はするものの、おつまみはなし。
ウエストと体重を把握しながらやらないといけないけれど、我が家の体重計、こういうときに限って電池が切れる。

2010年3月31日(水) 明日から新年度

とうとう3月も今日で終わり、今年度も今日で終わりである。

世間で言うところの平成22年度が始まったのだが、今年度は小学校PTA会長に再び就任し、忙しい日々が約束されてしまった。

19時30分に小学校の校長先生から連絡があった。

忙しいところ無理なお願いをして申し訳ない、と。

本当に「忙しい」をわかってるんだろうか、と思う。

思いはするが、引き受けた以上はやらなければ。

「会長さんのスケジュールにあわせますので」とおっしゃっては下さったが、まさか夜中の12時から会議というわけにも行くまい。

結局、仕事を抜け出して会議に出席し、そのまま仕事に戻るという日がやってくる。

「仕事始め」は来週の入学式。

さあ、どんな話をしようか。


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