カリント日記
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2012年10月1日(月) ゼンヨウタイ
仕事から帰ってくると、「おかえり!」次女の元気な声が聞こえる。
部屋に入ると、いきなり話をしてきた。
「お父さん、『ゼンヨウタイ』って知ってる?」
「ああ、あのシダの前葉体のことか?」
「どんなやつ?」
「ハートの形したやつやろ」
すると嫁さんが、「ほら」という。
続けて次女が、「お父さん、嫌い」。
「あははは」と嫁さんが笑った後に説明をした。
「学校の問題で出たんやけど、わからへんかってんて」
「なるほど」
その問題を私も嫁さんもいとも簡単に答えたものだから、学校で習ったばかりの次女が悔しがっていたのだ。
でも、「嫌い」といった次女の顔は少しうれしそうだった。
2012年10月2日(火) 試験勉強中
久しぶりに、「指定席」に座り、リアルタイムに日記を書く。
今、目の前では次女が定期試験の勉強をしているところだ。
宿題をようやく終えて、嫁さんにやいやい言われ、始めた勉強。
ところが、10分と集中できず、ほかのことをやってしまう。
私と同じだ。
集中して勉強ができるようになったのは、高校生になってからだったような気がする。
宿題以外に殆ど勉強なんてしたことが無かった小学生から、今年中学生になったばかりで生活習慣などそれほど変わるものではない。
それでもまだ、試験勉強をするだけましだろう。
頑張れ中学生。
2012年10月3日(水) 生きた言葉
「話をするのが上手い」と自覚したのはいつごろだろうか。
PTA会長を引き受ける前のことだから、おそらくは何かの仕事上でのことだろう。
会長になってからは何度か人前で話をする機会があり、そのたびにいろいろとお褒めの言葉をいただいたりした。
先日のバレーボール大会では私の挨拶を初めて聞く人も多かったせいか、いつにもましていろんな人から「挨拶がとてもすばらしかったです」「お話がとても上手いですね」などとお褒めいただいて、そのたびに恐縮した。
十日以上経過した今日になっても、小学校の運動会に顔を出した折に「いい挨拶を聞かせていただきました」と言われ、これまた恐縮した。
でも、私はそれほど流暢にしゃべるわけでもないし、そんなんにいい話をしているわけでもないと思う。
ただ、私が常日頃思っていることを実践しているだけだ。
それは、自分が本当にそう思っていることを自分の言葉で話す、ということ。
結婚式で新婦が両親への感謝の手紙を読む、というときでもなければ自分の気持ちを文書に書いてそれを伝えたい人の前で読む、というような行為はしない。
子どもを叱るときに、紙に書いた文書を読み上げる親はいないし、旅行で買ってきたお土産をいつもお世話になっているご近所さんに手渡しながら、「いつもお世話になっています」と紙に書いた文書を読み上げると「馬鹿にしているのか」と反感を買うことは間違いない。
自分が思っていることを自分の言葉で話すときは、綺麗にまとめられた文書を読むのではないから、ところどころ言葉につまりもするし、言い間違えてしまうこともある。
普段の「会話」がそうだ。
挨拶だって、それでいいのだと思う。
記録に残される立場の発言ならまだしも、そうでないのなら、紙に書かれた決められた言葉より、下手でもいいから自分の言葉で話すほうがいい。
それが生きた言葉だと思う。
おそらく、親なら子どもにそう教育しているのではないだろうか。
「決められたとおりではなく、間違ってもいいから自分で考えてやりなさい。結果がどうであれ、そのほうがあなたらしくていいから」と。
2012年10月4日(木) 楽しく覚える地理
次女の試験勉強に付き合う。
「なあなあ。お父さんこの前、『地理の簡単な覚え方がある』っていうてたやろ。あれ教えて」
そんなことを言ったつもりはなく、また、そんな都合の言い覚え方もない。
まあ、簡単に覚えるためのコツのようなものはあるが。
「そんなこというたかなあ」
「いうたで!」
仕方がないのでいろいろ話をしながら、教えることにした。
「んで、何を覚えるんや」
「えーと、まずアフリカ」
白地図に国名や特産物が書かれており、覚えなければいけないところにマークがつけてある。
「じゃ、ここ、モロッコ」
「うん」
「アフリカの端っこにあるやろ」
「うん」
「『端っこモロッコ』や」
「へ?!」
「『端っこモロッコ』で覚えたやろ」
「はははは。『端っこモロッコ』。覚えた!」
「んじゃ、次、ここガーナ」
「うん」
「ガーナチョコレートって知ってるやろ」
「うん」
「チョコレートはカカオでできてるやろ」
「あ!ガーナの形、板チョコや!」
「お。そうやな」
「よし。板チョコガーナ。OK!」
そんな調子で、笑いながら二人でアフリカとヨーロッパとアジアの国名と特産品を覚えた。
どれだけ次女が覚えていられるかはわからないが、簡単な覚え方というのは他でもない、こうやって楽しくやることなのだ、ということに気がついたと思う。
2012年10月5日(金) 秋の夜と焼酎のお湯割と
仕事が遅くなって日付が変わるころ帰宅した。
平日ならすぐにシャワーを浴びて寝る用意をするところだが、金曜日の夜だし、明日は昼前から活動だし、そう思って先日買った焼酎をお湯割にして飲む。
焼酎のお湯割を飲むと秋の深まりを感じる。
まだ起きていた子どもに今日のテストの結果を聞くが、あまりよくなかったらしく、元気がない。
「まあ、しゃあないな」
勉強不足が原因であることは目に見えているが、今更その勉強不足を責めたところで仕方がなし、言うほうも言われるほうも気分が悪い。
明日は休日で家族で過ごす時間も長い。
ゆっくり時間の流れる、秋の夜。
眠りにつくまでの一日の余韻は、静かに楽しみたい。
2012年10月6日(土) 体育祭の準備
そこに業者はいないし、誰もお金をもらっていない。
誰も文句を言わずに、みんなで協力し合って作業を進める。
杭を打つ人、ロープを張る人、机や椅子を並べる人、テントを組み立てる人、備品を運び出す人。
口やかましい自治会長、いつもまじめな校区長、初めてで要領がわからないながらもせっせと動く地区長、それに頼りになる教頭先生。
大人も子どもも、いろいろな人がみんなで校区体育祭の準備をする。
明日、自分たちが走り回る場所、たくさんの笑い声と声援がこだまする場所、それをみんなで作る。
「希薄な人間関係」なんて言葉をよく聞くが、ここにはこれだけのことを協力してやってくれるこんなにも多くの人がいる。
そういうことを改めて実感し、嬉しくなる。
ハンマーを振り上げた筋肉痛すらなんだか心地いい。
明日はいい天気でありますように。
2012年10月7日(日) 気分爽快の体育祭
前日の夜には雨が降ったが、返ってそれでグラウンドのコンディションはよくなった。
天気も申し分なく、青い空に吹き渡る風が心地よい。
絶好の体育祭日和。
開会式では、昨年優勝したときに受け取った「優勝カップ」を返還し、今年も持って帰るぞと誓う。
最初の出場種目は綱引き。
一戦目は小手調べ、二戦目は多少てこずったものの、順当にニ連勝して決勝戦へ駒を進める。
みんな飛び上がって喜んでいる。
次は大縄跳び。
今年初めて出場する選手もいて、息が合わず、残念ながら三位の記録。
次のムカデ競争は圧巻だった。
第一走者の小学生チームが既に数メートルの差をつけてゴールし、引き続き、女性陣の2チームがこれまたダントツの速さでゴール、結局、アンカーがゴールしたころ、他のチームのアンカーがスタートするほどの大差をつけて一位となった。
これまた大喜びでお互いの肩を叩き合っている。
昼から行われた綱引きの決勝。
相手は常勝チーム。
巨漢ぞろいで息が合っており、ここ数年の間、そこに勝利したのは私のチームが一度きり。
まさに、決勝戦にふさわしい好カード。
善戦むなしく、常勝チームに惜敗したものの、「来年こそは!」とみなで誓う。
その後の競技で順位は確定し、優勝は逃したものの、準優勝を獲得。
最後のリレーでは「長男」「嫁さん」「私」とバトンを渡すことになったが、長男の速さには驚いた。
長男はその俊足でかなりの差があった二番手をぐんぐん追い上げ、ゴールの時には二位で嫁さんにバトンを渡した。
嫁さんも俊足を飛ばして、差を広げ、そしてアンカーの私に。
一位の走者ははるかかなたで、さすがに追いつけはしなかったが、それでも二位を守ってゴール。
気分は爽快だ。
閉会式と表彰式。
準優勝のトロフィーを子ども会の子どもが受け取りに行く。
とても嬉しそうだ。
私は何よりも競技のときに「ああしたほうがいい」「こうしてはどうか」と積極的な意見がよく聞かれたことだうれしい。
綱引きの応援を買って出てくれたおとうさんや、立ち上がって声援を送ってくれたお母さんたち、みんなが一緒になって、「勝ちたい」と思い、「優勝」を目指した。
もう、みんながばらばらだった過去の体育祭じゃない。
確実に団結力が高まってきていることを実感する。
2012年10月8日(月) 筋肉痛の一日
私は全身が筋肉痛で、体をどのように動かしても「あいたたた」という始末なのに、嫁さんは次女と一緒に午前中のうちから、近所で開催される「何とかフェスタ」に出かけていった。
なんともタフである。
私は静かな居間で一人ごろごろ転がりながら、ビールを飲みつつゲームを堪能する。
エアコンも不要で窓を開けていると気持ちのいい風が流れ込んでくる。
一日中テレビとゲームという、昨日とは打って変わって不健全この上ない時間を過ごした。
夕方になって嫁さんが帰宅したが、さすがに疲れた様子。
階段を上り終えると「ただいま」の声と同時に「あいたたた」と嫁さんも言う。
どうやら筋肉痛になったのは私と同じでよる年波には勝てない。
それでも筋肉痛が「苦痛」ではないので、まだまだ活躍できそうだ。
2012年10月9日(火) 長女と学園祭
長女が久しぶりに帰宅した。
先週中ごろから今日まで大学の学際の実行委員として、準備や後片付けに大忙しで、ほとんど寝るまもなく、もちろん帰宅もできずに、大学で缶詰になって作業をしていたようだ。
帰宅した長女は気分が少し「ハイ」になっていたのか、いつにも増して饒舌になり、学際での出来事をいろいろと話し始めた。
イベントの中でもめたこと、警備の仕事で活躍したこと、などなど。
一通りしゃべると一気に疲れが出たのか、「寝る」と一言残して、そのまま自分の部屋に入っていった。
今回の体験はとてもよかったんじゃないかと思う。
イベントを企画したり運営したりする能力は、そっくりそのまま、プロジェクトを遂行する能力と同じであり、仕事をやる上では必要不可欠な能力だ。
本人はまだまだそんなことを思いもしないだろうが、楽しみながらそういうことを身につけられるのが、大学生だ。
これからもどんどんいろんなことにチャレンジしてほしい。
2012年10月10日(水) 当たるも八卦
占いが好きだという人がいて、私の血液型や生年月日を聞くので、教えてあげたら、詳しい占いの結果をメールで送ってきてくれた。
「感受性が豊かで活発で、いつも努力を怠らず、人生を謳歌しています」
休日はビール三昧なので、まったく努力はしていないけど、人生は謳歌してるって感じになるなあ。
「知性と多彩な才能を備え、自立心旺盛、寛大なあなたは誰からも好かれます」
うんうん。
これは否定しない。
「広い世界観をもった博愛主義者でユーモアのセンスもあります」
は、博愛主義者!?
まあ、ユーモアのセンスはあると思っているけれど、「博愛主義者」って。
そうかなあ。
改めて考えるとそうかもしれない。
私は占いを信じるわけではないので、占いによって行動を決定するというようなことはないが、それでも自分にとって都合のよいことなら、最後の手段でそれを利用することもある。
例えば「今日はカレーライスが吉」といわれれば、昼食に迷ったときはカレーライスにする。
博愛主義者かどうかは嫁さんに確認してみるが、結局は、こういう結果に基づいていろいろ考えるから、その結果にあったような行動を起こしてしまい、最終的に「占いどおり」なんてことになるんじゃないだろうか。
2012年10月11日(木) 昔を感じる場所
毎月の会議が行われるその場所は私の住んでいるところからほぼ真南にあり、同じ市内にありながら、違う趣がある。
市内の北には鉄道が走り、大型のスーパーや銀行が立ち並ぶ。
市役所などの中枢機能もこのあたりに集中している。
コンビニや本屋、飲み屋に病院、それらが複数件立ち並んでいる。
一方、南のほうはまだまだ田んぼの残る地区があり、店の数は少ない。
駅から離れるほどに人影は減り、交通量も少なくなる。
たまに見かけるコンビニにはトラックが止められるほどの大きな駐車場があり、郊外店舗の様を呈している。
そんな環境の中にある会議の場所。
毎月通う場所ではあるがこの季節は特にその趣の違いが際立ち、幾分楽しみが増える。
静かな駐車場に車を止めると遠くに車の走る音は聞こえるものの、人の声はなく、蛙や虫の声が聞こえてくる。
子どものころに近所で聞いていた声。
冬がやってくる少しの間だけ、この場所は昔を感じる場所となる。
2012年10月12日(金) 一点に喜ぶ
歴史的な勝利を飾ったらしいが、あいにく仕事で帰宅が遅くなり、その瞬間を見ることはできなかった。
例え親善試合とはいえ、強敵相手に勝利をつかむのはとても嬉しいことだ。
しかも、場所は敵の本拠地、パリ。
こちらの喜びよりも、相手の悔しさのほうがはるかに大きいのではないだろうか。
これが日本での試合ならばまだしも。
少し気の毒にさえ思う。
試合の内容はそれほどよくなかったようだが、例え泥臭かろうが不細工だろうが、たった一点でも取れればそれが勝利につながる。
それがサッカーのシビアさであり、ドラマチックなところ。
それだからこそ、たった一点に大の男たちが抱き合って喜び、テレビの前で歓声を上げる。
次回のブラジル戦でも歓声を上げたいものだ。
2012年10月13日(土) だんじり
学校で土曜学習を追えて帰宅するとき、神社の前に法被姿の人が見えたので自宅に自転車を止めて見に行った。
市内あちこちで秋祭りが始まったらしく、近くの由緒ある神社にも遠くの地区からだんじりが来ていた。
神社の境内には大きなだんじりが止まっている。
法被には地区の名前が書いてあるが、歩いていくのもそこそこ疲れるような場所なので、かなりの時間、曳航して来たことだろう。
神社の中に入っていこうかと思ったが、何か神聖な儀式をしているような雰囲気が漂う中に「法被」という正装を着ていない私が入っていくのは少しはばかられた。
「こんにちはー」と、神社の前にある自治会長の店、酒屋に入ると、自治会長が机に新聞を広げて店番をしていた。
いつものようにストッカーからビールを出し、お金を置いてすぐその場で飲み始める。
「だんじりですねえ」
「ああ、そや。○○からきたやつや」
外の風景を眺めながら、ビールを味わい、会長と他愛もない話をした。
すっかり「地元のおじさん」が板についてきたかもしれない。
2012年10月14日(日) クラシックコンサート
ファミリー向けのクラシックコンサートがあるというので、嫁さんと次女と一緒に近くのコンサートホールに出かけた。
ホールに入って最初に目に飛び込んできたのは、大きなコントラバスだ。
普段よく目にする子どもたちの演奏は「吹奏楽」であり、弦楽器そのものを見ることが珍しく、また、たまに行われる管弦楽の演奏でも、バイオリンならともかく、コントラバスを見ることはほとんどない。
そのコントラバスが舞台右手に6台も鎮座している姿は圧巻であり、まさしく「フィルハーモニー」の名にふさわしい。
全員がそろい、指揮者がもったいぶって登場し、タクトを振り上げるといきなり勇ましい曲が流れ始めた。
ワーグナーの「ニュルンベルグのマイスタージンガー第一幕への前奏曲」である。
かなり前のほうの席に座っていたのだが、音圧というのか、目の前からものすごい勢いで音が飛んでくる感じがする。
なのに、スピーカーから出る音ではないからだろうか、大きな音でも「やかましい」とは感じない。
その後は子どもたちもクリスマスのころや運動会でよく耳にするなじみのある曲を演奏し、最後に、ドボルザークの「新世界より」を全楽章演奏した。
途中、「彼らはみんなアマチュアです」という紹介があったが、とても信じられないほどにすばらしい演奏だった。
今年で八回目になるというが、来年もまた是非聞いてみたいと思う。
2012年10月15日(月) 蕎麦屋
先週の金曜日から長袖のワイシャツを着ているが、今日は暑い。
昼飯に何を食べようかと、ショッピングモールのレストラン街を歩く。
「秋の味覚」と題した「あたたかいメニュー」が目に付き、普段なら好んで食べるのだが、今日はそんな熱いものを食べる気分ではなく、冷たいそうめんかざるそばをすすりたい気分だった。
あっちの店やこっちの店を行ったりきたりしてようやく決めたのが「蕎麦屋」の看板を出している店だった。
いくら冷たいものが食べたいといっても、「ざるそば」だけを注文するようなことはできないので、小さなそばがセットになったお勧めの定食を注文した。
さすがに看板にあげているだけのことはあり、そばがうまい。
コンビニで買うような、ねちゃねちゃのそばとは訳が違う。
一気に食べてしまい、少し後悔する。
蕎麦湯もちゃんとついてきて、最後にそばつゆを飲む。
やはりうまい。
あまり行かないところだったので再び訪れるかどうかはわからないが、近所にあったのなら、何度か足を運ぶだろうと思った。
2012年10月16日(火) 勝利は遠く
今夜はブラジル戦。
親善試合とはいえ、先日はフランス相手に勝利しただけに、今日も勝利をもぎ取って弾みをつけたいところ。
試合開始早々はボール回しもよく、支配率も高かったが、途中から何を間違ってしまったのか、あっという間に先制点をとられてしまい、その後は完全にブラジルのペースとなってしまった。
チャンスをものにすることができず、惜しい場面は何度かあったものの、結局4−0の大差で負けた。
相手チームの幻のゴールとなったシーンも含めて考えれば、内容としてはもっと差があったように思う。
現在のFIFAランキングは14位というブラジルだが、「腐っても鯛」とはまさにこのことだろう。
FIFAランキングがもっと上位の国よりもはるかに強いように感じた。
日本には、どの国よりもブラジル相手に勝ってほしい、そう強く感じた試合だった。
2012年10月17日(水) 頭の肌荒れ
先日、散髪をしたとき店員に「肌が荒れてますね」といわれた。
もちろん頭皮のことだ。
私の頭を見た嫁さんいわく「皮膚科に行けば間違いなく薬をくれるレベル」だそうだ。
触ってみただけでそれがわかる。
あっちこっちにできものがあり、瘡蓋ができている。
かゆみはないのだが、それが気になって時々手で触ってしまうから余計にひどくなっているのだろうと思う。
きっかけは日焼けだろうか。
今年はいつにもまして炎天下に長時間出ることが多く、何度となく「また日焼けしましたね」と言われた。
顔を日焼けするということはそれだけ頭も日焼けしている。
暑いがいやだからと、髪の毛を短く切ったのが、頭皮には逆効果だったようだ。
嫁さんが「私の言うとおりに帽子をかぶらへんからや!」と、私を心配して怒る。
帽子をかぶればこれほどひどくはならなっただろうが、昔から帽子と靴下は嫌いで、すぐに脱ぎたくなる。
それでも来年は、もう少し嫁さんの言うことを聞こうと思う。