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2005/11/20

        10.上履きのまま              2005.10.29

とてもまじめで正直者、融通が利かなくて頑固者、おとなしくて目立たず、先生の言うことは絶対的だと信じている、それが幼稚園から小学校までの私だった。

ある日、幼稚園で先生が説明をした。

「いいですかあ。もし、火事になったら、すぐに逃げ出さないといけません。お友達とおしゃべりしていたり、笑いながら走ったりしていると逃げ遅れてしまいます。一所懸命に逃げましょう。先生が『火事だあ』と叫んだら、みんなは何も持たないで、すぐに走ってお外に出るんですよ。上靴も履き替えてはいけませんよ。そのまま走ってお外に出ましょう。」
先生は教室の前に立ってそう話をした。
私は窓際の一番前の席から先生の姿を見ながら「火事は怖い。先生の言うとおり、火事になったら走って逃げよう」と考えていた。

そしてしばらくすると、隣の教室の先生がこちらの教室の入り口のところで、何か合図をしたように見えた。
とたんに前に立っていた先生が口に手を添えて大きな声で叫んだ。
「火事だー」
無論、避難訓練である。

しかし、私はどこでどう聞き逃してしまったのか、先生からそういう説明を受けた記憶はなく、本当に火事が発生したと思い込んでしまった。
先生の叫び声にすぐさま反応した私は、椅子を跳ね飛ばさんばかりの勢いで立ち上がり、先生に言われたとおり、すぐに逃げ出した。
友達としゃべることもなく、もちろん、こんな状況で笑えるわけもなく、一所懸命に逃げた。
何も持たず、そのまま走って外に出た。

先生がついさっき言ったにもかかわらず、上靴を履き替えているものがいたが、そいつらを尻目に私は外を目指した。
「うわ。アホや。靴なんか履き替える暇はないのに。死んでしもたらどうするんや。ボクは走って外に出る。いつもやったら上靴のまま外に出たりしたら叱られるけど、今は火事なんや。だから叱られることはないんや。あ、下駄箱の靴、お気に入りの運動靴やけど、火事で燃えてしまうんかなあ。でも火事なんやからしかたないなあ。また、買うてくれるかなあ。先生、ちゃんとおかあちゃんに説明してくれるかなあ」
時間にして1秒か2秒だろうが、そんなことが頭の中を駆け巡った。

明るい外に出て、建物を振り返った。
黒い煙や赤い炎を探したが、白い建物の後ろに青い空が平和にのほほんと広がっているだけだった。


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