メールとかのサイト

 

2006/01/01

        14.シロのおにいちゃん 2002.5.10

私の家の隣は中華料理屋の従業員が住むアパートになっていて、アパートの一部は店舗の一部にもなっている。
そこには、私たちが引っ越してきた当時から白い犬が飼われていた。

------------

となりのアパートにはシロという名の白い大きな犬がいる。
名前からもわかるように捨て犬だった雑種だ。
見知らぬ人間が近づくと吠え立てる。
引越ししてきた当日、業者の足に噛み付いたこともあり、
私も最初は非常に警戒していた。
この犬はアパートの住人みんなで飼っているらしい。
アパートの住人は隣接した中華料理店の店員ばかりである。
とりわけシロは一階に住む青年をとても好いており、
われわれが感知し得ないような
かすかな青年の足音を聞いただけで小屋を飛び出し、
引きちぎれんばかりに尻尾を振る。
その「シロのおにいちゃん」に連れられて散歩に行く様は
デートのときに大好きな彼氏の腕にぶら下がり、
大はしゃぎしている少女のようにもみえた。
日が経つにつれ、私以外の家族、特に女どもにシロはなつくようになり、
いつのまにか平気でその頭を撫でさせるようになった。
私だって、毎朝、彼の前を通り、時折声をかけてやっているのに。
そして自然と「シロのおにいちゃん」とも仲良くなった。

中華料理店は繁盛していたが、それは駅前という立地条件のおかげではない。
その味がそうさせているのだということは一口食べれば気がつく。
私たちが何度となく店に足を運ぶようになったある日。
会社から帰ると食卓に餃子があった。
その日のメニューは洋食なのになぜ餃子が?
と不思議がる私をみて長女が得意げに説明した。
「シロのおにいちゃんが食べてって」
よくよく聞いてみると彼は今、新しい餃子を考案中でこれはその試作品らしいのだ。
早速つまみ食いをしてみると、これがなかなか美味い。
タレをつけなくても十分に味がついている。
結局、餃子はあっという間になくなってしまった。
それからもたびたび、おかしなメニューの取り合わせで
餃子が食卓に上るようになった。
そしてみなでいろいろと意見を言いながら美味しくいただき
後日、シロのおにいちゃんにお礼と感想を伝えるのが慣わしとなった。

先月も餃子が食卓にあった。
それがシロのおにいちゃんから差し入れであることは
焼き目を見てすぐに分かった。そして長女が言った。
「シロのおにいちゃん、辞めるねんて・・」
こんなに美味しい餃子を作れる彼がどうして?
と不思議がる私に今度は妻が
「広島に帰ってお店を開くらしいんよ。
 お店が軌道に乗ったらまたこっちに帰ってくるって」
と説明した。

ゴールデンウィーク最後の日。
久しぶりに中華料理店へ向かう。
明日はシロのおにいちゃんが故郷へ帰る日。
一番奥の座席に向かう途中、厨房で忙しそうに
働くシロのおにいちゃんはにっこりと微笑んで会釈した。
それぞれ食べきれるのかと心配するほどに料理を注文した。
もちろん餃子もいっしょに。
しばらくすると注文をとりに来た若いアルバイトらしき青年が
頼んでもいない春巻きを持ってきた。
「頼んでないよ」というと、「すみません」と引き上げていった。
と、まもなく先ほどの青年がきて「××さんからです」と
シロのおにいちゃんの名前を告げた。
それを聞いて家族みんなが笑顔になり、幸せそうに春巻きを食べた。

そして翌日、シロのおにいちゃんは故郷へ帰った。

今朝。
アパートの前を通りすぎると、シロが上半身だけを小屋から出していた。
しとしとと降る雨をぼんやりと眺めているように思えた。
犬がそんなことをするはずもなかろうに。

---------------

この中華料理屋は、抜群に美味い。
特に天津飯は一押し。
シロの世話役は現在も若い従業員が引き継いでいる。


インデックスに戻る

ホームに戻る