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2005/10/29

        8.天の川                  2004.9.17

長女と二人、車での旅行。
そのときの気持ちを書いたもの。
最初は旅行記のつもりだったが、結構、力を入れて書いてしまった。
なお、一部、彼女を配慮して改訂している。

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「天の川を見にいくぞ」

いつものごとく、突然、私は宣言した。
「お父さんと二人で天の川を見てそのまま車の中で泊まる。ご飯も車で食べる」
そういうと、もうすぐ12歳になる娘は二つ返事で「うん!!」と答えた。

娘と私はとても仲がいい。というより、娘が甘えん坊なのだが。
居間で私が寝転んでいると懐に入り込み、「暑いからやめろ」というのも聞かず
私の腕をマフラーのようにして自分の首に巻きつける。
怖いテレビを見るときは私の膝の上に座り、
道を歩いているときは自然と手をつないでくる。

でも、恥じらいというものが無いわけではない。
部屋を下着姿で動き回る事は無いし、服を着替えているときに
私の気配を感じると咄嗟に胸を隠したりもする。

最近、時々、娘が無理をして私に合わせてくれているのではないか、
と感じるときがある。
「本当はもう、一緒に手をつないで歩くのは嫌なんじゃないか」
「二人で出かけるより友達と遊んでいるほうが楽しいんじゃないか」
「娘が離れると私が悲しむと思って気を使っているんじゃないか」
そう思うときがある。
天の川を見るという気持ちの中に少しそれを確かめたい気持ちもあった。

土曜日の早朝から日本海を目指してひた走り、昼過ぎには海に到着した。
昼食を摂っても天の川を見る時間にはまだ相当の余裕があったので、
まずは海岸沿いの岩場で遊ぶ事にした。
岩場につくと早速、カニを探し始める。
娘はカニを見つけると必死になって捕まえ始めた。
娘は同い年ぐらいの女の子が怖がるような「生き物」をほとんど怖がる事は無い。
怖がるのは大の大人でさえ腰が退けてしまうような生き物だけだ。
岩場のフナムシを見たときも、怖がるより先に、
「おとうさん、フナムシって噛む?毒はある?」
とむしろ興味を示していた。

そういえば途中の山道で車にはねられて死んでいる野ウサギの肉を
鳶がついばんでいたのを見て「かわいそう」の一言を発する事も無く
「すごーい。鳶って大きいねんなー。こんなに近くで見たのは初めてやー」
と「女の子」らしからぬ反応を示した。

岩場と潮溜まりでカニと戯れた後、今度は目的地近くの山を目指した。

山の中に入っても娘の生き物探しは続く。
「あの鳥は何? これは何の鳴き声?
 この石の下に何かいてるかなぁ?
 あの木にはカブトムシが来る?
 うわ、大きな魚がいてる! あ!イモリがいてる!」
私が何かに注目すると「え?何?何?何がいてるの?」
とすぐに知りたがる。
そのくせ、死んだ虫を怖がる。
トイレに虫の屍骸があると決して入ろうとしない。
私が問題ないことを確認した男子トイレに入る始末。
こういう女の子らしいところを見て少し安心したりもする。

やがて日が山の向こうに隠れたころ食事を作る事にした。

最初は二人とも車の中に入って調理しようとしたが
私は少し頭がつかえるのでテールゲートを開けて足を外に出して腰掛ける事にした。
娘はフラットにしたシートの真ん中で胡座をかいて座った。
私の横にカセットコンロを置き、鍋に水を入れて火をつけた。
まずはラーメンを作った。
即席ではあるが娘も私も好物で休みの日には必ず一度は食べる。
家で作るときは具を入れたりもするが、娘はそれを嫌うので
あえて何も入れないラーメンにした。
あっという間に食べ終わった。
次はカレーを作る事にした。これまたレトルトだ。
キャンプであれば材料を切る段階からワイワイガヤガヤ楽しむものだが
二人分のカレーを作るには少々大げさで、量も多すぎる。
ラーメンを作った鍋を軽くすすぎ、お湯を沸かしてレトルトパックを入れる。
程よく温めたあと、さっきラーメンを入れたお椀に今度はカレーを入れた。
娘は家では絶対に同じ器を使う事はせず、すぐに新しい器を使う。
でも、「外で食べる」という非日常が小さなこだわりを払拭したのか、
何も気にせず当たり前のようにカレーを入れて食べていた。
ご飯も温めるだけのものがあったのでそれを食べた。
家では食事にとても時間のかかる娘で、食も細い。
嫌いな食べ物が多いせいか、おいしそうに食べる事も余り無い。
しかし、その日の娘はとてもおいしそうに、そして楽しそうに食べていた。
私はその娘を見ながら冷えたビールを飲んだ。

夜の帳が静かに下りてくる。
山間の村ではこういう言葉が本当に実感できる。

車の中に寝転んで二人で好物のビーフジャーキーを食べた。
100円ショップで買ったその安物のビーフジャーキーは口の中で
ニ〜三度噛むとボロボロになってなくなってしまいそうになる。
そうやってすぐになくなるのがもったいないからと、娘はちびちび食べる。
「おとーさん!そんなすぐ食べたらあかんやろ。こーやってちびちび食べないと!」
娘に叱られて私もちびちびと食べ始めた。
それが妙に面白くて、車の中で二人はいつのまにか笑い転げていた。

8時を過ぎたころ、私は後部座席のドアを開けて隙間から空を見た。
思わず声を出しそうになった。子供のころ見た星空がそこにあった。
決して満天の星空ではないが、近所では見かけることのできないほどの
たくさんの星が輝いていた。
「う〜ん。まだまだやな。天の川はまだや」
わざと喜びを抑えた私の言葉を聞いて娘もドアを開けて外を見る。
「うわああ。めーっちゃきれい。めーっちゃ星見える」と娘は驚嘆の声をあげた。
少し時間を置くとさらに夜空は輝きを増してきた。
「さ、そろそろいくか」
「どこへ行くの?」
「ここは明るい。あっちの暗いほうへ行って空を見る」
そういって車を降りて山のほうへ歩き出した。
駐車場からわずか数分のそこに、まったく明かりは無く
足元を確かめながら道を進まなければならなかった。
さすがの娘も闇は怖いらしく私にしがみついて20センチと離れようとはしない。

少し開けたところで空を見上げた。
「おお」
「うわああ」

天の川が見えた。

「あそこに、こうやって三つ並んでる星があるやろ。
 その三つの真ん中の星のこっち側に明るい星があるやろ。
 あれがデネブ。それをそのままこっちへこういくと・・・」
私の話を聞いて「うんうん」と相槌を入れていたが
どこまで聞いていたか定かではない。
それが証拠にさっきまでしがみついていた私の腕をほどき、
いつのまにか1メートルも離れて夜空を仰ぎ見ていた。

そのときふと感じた。
娘もいつかはこうやって私から離れていくのだろう、と。
決して親のことを嫌いになるわけではないけれど
夢中になる何かを見つけてそれを追いかけるようになったとき
親の手元を離れて走り始めるのだろうな、と。

娘が彼女にとっての「天の川」を見つけるのはいつのことか。
天の川を渡って消え去った流れ星に私は彼女の幸せを願った。


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これを読んだ長男の感想。「これ、マジでお父さんが書いたん?! すっげー」。
ま、これぐらいは書けるのだ。


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